ヤクザが群がったテニアン島カジノ利権
- 2007/07/06(金) 21:46:08
八十九年十一月、かつての日本の委任統治領で現在はアメリカの自治領である北マリアナ諸島の小さな島・テニアン島は、千二百人の島民による投票で公営カジノ導入を決めた。九十一年に島のカジノ・賭博統制委員会がカジノ経営者を公募したところ、ライセンスを取得しようと国内外から六社(資料によっては七社とある)の申し込みがあり、それら全てが山口組、住吉会、東亜会など日本のヤクザと関わりを持つフロント企業だったという。住吉会と繋がりのある銀座の不動産会社は、実体の無い支店をサイパンに出した上で現地の銀行を買収し、その銀行を登録会社とする計画であった。
山口組は東京のASA開発投資会社(この会社の代表は前科のある地上げ屋だった)と組んで三億ドルを投じ、カジノ営業権を獲得してホテルとカジノを建設する計画で、テニアン市長(カジノ・賭博統制委員会委員長の兄)とも組んでいたという。当然マネーロンダリングの拠点とする企図もあったのだろう。しかしどちらの計画も統制委員会から待ったがかかって頓挫し、日本のヤクザによるテニアン島支配は幻に終わった。この頃、海外でもマフィア・ファミリーが、とある島の買い占めに走っていた。北米でのヘロイン取引を牛耳るシチリア・マフィアのクントゥレーラ兄弟がベネズエラの北西沖に浮かぶオランダ領アルバ島に目をつけて、ホテルやカジノ、銀行、警察、政治家など島のあらゆるものを買収し、アルバ島は、さながらマフィアの島と化してしまった。ベネズエラ政府による手厚い保護のもと、特権的な優遇を受けていた彼らも九十二年になってようやくイタリアに強制送還されるのだが、八十七年にシチリア・マフィアとコロンビアのメデジン・カルテルがこの島でヘロインとコカインの取引に関する歴史的な協定を結んでいたことが後に明らかとなっている。
なお、日本のヤクザが狙ったテニアン島は九十八年に香港系資本のホテルとカジノがオープンし、現在に至っている。
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